おじいちゃんが亡くなった帰り道

 

 

おじいちゃんが亡くなった

 

今日は転職先への初出社だった。緊急事態宣言下ということもありオフィスはガランとしていて、だだっ広い空間を持て余している。

 

19:30。

 

帰り道、朝は気づかなかったけど、オフィスの入り口にネオンに光るDJブースがあることを知る。

 

中央には気怠そうな雰囲気のDJがおり、チュクチュクとEDMらしき最先端(?)の音楽を奏でている。

 

そもそもオフィスにほとんど人がいないので、誰も見ていない。家路につこうとオフィスを出たオフモードスイッチに切り替えたての社員さんたちが、急ぎ足で歩きながらチラッと見るだけ。

 

そんな寂しいDJを横目に、家族LINEにて昨日亡くなったおじいちゃんの葬儀に送った花の写真が送られてきた。

 

初出社の日にさすがに北海道に帰れなかったので、お花と電報で最後の挨拶となった。

 

DJブースへの衝撃が上回っていて実感がわかないけど、おじいちゃんはたしかに亡くなったのだ。

 

ゴリゴリ関白宣言おじいちゃん

 

おじいちゃんは大正15年生まれで、軍隊の一員として戦争も経験しているし、かなり長生きしたと思う。

 

世代的にも仕方ないし、おばあちゃんが世話焼きなのもあるけど、ゴリゴリの亭主関白で、子どもの頃からおばあちゃんのことが少し可哀想だと思っていた。

 

私はおばあちゃん子なので、おばあちゃんに会いに行くことが多く、おじいちゃんも同じ空間に“いる”ことが多かった。

 

「ばあさん、梨むいてや」「ちょっと音量あげてや」など、おじいちゃんがおばあちゃんに指示出しをして、おばあちゃんがせっせこ指示通りに動く。(たまにテレビのボリュームがEDMのフェスくらい爆音だった)

 

それでも、おばあちゃんはなんだか楽しそうだった。

 

おじいちゃんの歌声をBGMにドライブ

 

思い返すと、おじいちゃんは結構、面白い人だったと思う。さんまのからくりTVでご長寿クイズでトンチキアンサーをしそうなクチだ。

 

おじいちゃんは歌うことが大好きで、口笛も上手かった。毎週水曜日にカラオケ大会に行っていて、そこでも上手いことで有名だったらしい。

 

あるときおじいちゃんが運転する車に乗ったら、耳なじみのある歌声がBGMでかかっていた。なんと、カラオケ大会で披露したおじいちゃんの歌声をカセットテープに録音して、車でかけながらドライブしているらしい。

 

遊びに行くたび、おばあちゃんがしきりにカセットテープでカチカチ何かやっていたのは、これだったのか。おばあちゃんはおじいちゃんの歌声が好きで、毎週カセットテープの歌声を更新していたのだ。

 

反対車線を堂々と走るおじいちゃん

 

おじいちゃんもさることながら、私も私で頭のネジがとれている人間で、小学生の頃から何かと頭が弱かった。

 

新学期が始まろうとしている春先に、透明なビニールのヒモで十字にくくられた新品の教科書を、ゴミと間違えて捨てたのである。(国語・算数・理科・社会、すべて)

 

親は仕事で忙しかったので、おじいちゃんに運転をお願いして、ゴミ処理場まで連れて行ってもらったのだ。

 

田舎のゴミ処理場なので、なぜか中まで開放されていて、出入りが自由になっている。何度か見学したことがあったので、「捨てられてるとしたらこのブースかな」となんとなく目星がついていた。

 

なんとしてでも、ぐちゃぐちゃにすり潰される前に救出したい。

 

ゴミ処理場に着くやいなや、ゴミの山のなかをさまよった。すると、明らかにキレイな真新しい教科書の束を、奇跡的にみつけだすことができた。

 

帰りの車の中、やっぱりBGMにはおじいちゃんの歌声がかかっていて、「うるさいなあ」と思いつつ「おじいちゃんがいてくれなきゃ新学期までに教科書間に合わなかったなあ」と感謝した。

 

そんなことをぼんやり考えていたら、「ブーッ!!!」とクラクションの音が遠くから聞こえてきてハッとした。

 

おじいちゃんは、反対車線を走っており、目の前から対向車が向かってきていたのだ。

 

「おじいちゃん!!!前!!!」と声がけをすると、おじいちゃんは驚いた様子もなく、走るべき車線に戻っていった。

 

バレンタインにでんぐり返しを決め込み、腰を痛めたおじいちゃん

 

私とおじいちゃんは、ライバル関係にあったと思う。どちらもおばあちゃんを独り占めしたい精神が凄まじいけど、おばあちゃんはいつもおじいちゃんを優先するから、私は蚊帳の外にいる気分だった。

 

徐々におじいちゃんがいることにも慣れてきた頃、バレンタインチョコをおじいちゃんに渡しに行った。

 

おばあちゃんとおじいちゃんは二世帯住宅の1Fに住んでいて、2Fから降りていくだけなので、移動の手間はほとんどないのだけど。

 

チョコをおじいちゃんに渡すと、おじいちゃんは喜びを表現するために、室内ででんぐり返しを決め込んだのだ。

 

そして、腰を痛めたまま動かなくなった。

 

私は怖くなって、おばあちゃんに腰をかばうおじいちゃんの状況報告をして2Fに逃げた。

 

2人は多分病院に行ったんだろうけど、病院にはいつも行っているから、目的はどれだかよくわからないままだ。

 

おじいちゃんの背中のイボ

 

なんでかわからないんだけど、おじいちゃんの背中には巨峰くらいのサイズのまあるいイボがあった。

 

そのことでもよく病院に行っていて、おばあちゃんは毎日寝る前に、軟膏クリームをイボにすり込んであげていた。

 

クリームに意味があるのかないのかわからないけど、イボは特に小さくなっていなかったと思う。

 

私はイボに興味深々だった。

 

イボに感覚はあるのか、イボは寝るとき、埋まるのか、おじいちゃんはイボに対してどう思っているのか。

 

たまにイボを触らせてもらったけど、「感覚はない」とのことでちょっと残念だった。

 

おじいちゃんの死から考える「生」

 

おじいちゃんとの思い出はそんなところだろうか。

 

おじいちゃんがほとんど耳が聞こえなくなってからは、おじいちゃんが電話に出るたびに「〇〇(姉の名前)か?」と言われるから面倒くさくて、ぶっきらぼうな対応をしてしまったと思う。

 

もうすこし優しくしてあげればよかったのだろうか。

 

自分もそうだけど、人間は不老不死ではない。亡くなって時間がたつと徐々に日常の生活に戻っていく。

 

明日は3.11。寿命がくる前に亡くなった方もいて、でも自分には被害者に知り合いもいないし大きな地震の経験もないから、備えてはいるけどどこか他人ごとに思ってしまう。

 

忙しく過ごしているうちに何事もない日常に戻ってしまう。そして毎年3.11になると、「もう◯年たったのか・・」と、あたかもずっと考えていたかのような細い声をあげる。

 

父方のおばあちゃんが亡くなったことも、飼っていた猫が亡くなったことも、もうほとんど日常では思い出すことがない。

 

人間は忘れっぽい。

 

刹那的でもいいから、自分のそのときの感情を残しておきたい。環境とか人権とか普遍的なテーマであるなら、時代にあった形で、自分が亡くなった後の世界までずっと残していかなきゃいけない。私だったら文章なのか、友達とやっている社会問題をテーマにしたインスタのアカウントなのかわからないけど。

 

この時代をたしかに生きている人間のリアルは、未来人にとっての歴史になるから。