バチェラーに出てくる美女の生命力は化け物

1人のハイスペック男性を複数の美女たちで取り合う恋愛バラエティ番組・バチェラーを見たので、感想を残す。
 

 

バチェラーに出てくる美女の生命力は化け物

 

バチェラーに出てくる美女の生命力は化け物

 

そもそも男性は、なぜ美人に惹かれるのか?

 

何かの本で読んだけど、ここには明白な答えがある。

 

男性がこぞって美女を選ぶ理由は、「より強い遺伝子(生命力の高い遺伝子)を残したい」という人間の本能からくるものらしい。

 

だから、男性が美女を選ぶ理由は納得できる。

 

すでに生命力の高みにいるはずの美女たちが揃っているにもかかわらず、「ただの美女じゃ俺には釣り合わないぞ」とさらなる1人の人間としての高みを求められる番組…それこそがバチェラーなのだ。

 

これはもう、恋愛バラエティなどという生ぬるいコンセプトの番組ではない。戦国時代よりも過酷な戦いを強いられる「生命力NO.1決定戦」番組なのだ。

 

黙ってても引くてあまたなのに、必死でバチェラーにアピる美女たち

 

黙ってても引くてあまたなのに、必死でバチェラーにアピる美女たち

 

これを読んでいる女性のみなさん、自分から好きな人にアプローチしたことがあるだろうか?

 

もしあったとしても、バチェラーに出ている美女たちを前にしては、とても「ある」といえなくなるかもしれない。

 

そのくらい、バチェラーの美女たちは巧みにアプローチを仕掛けていくのだ。

 

バチェラーと初めて会う挨拶のときから、焼いてきたパンをアーンするなり、ドレスを着たまま筋トレを披露するなりして、なんとかバチェラーの記憶に刷り込もうと自分をアピールしていく。

 

黙って座ってるだけでも男性がどんどん寄ってきそうな美女たちが、さらに言葉と行動で「私を見てくれ」と言わんばかりにアピールするなんて、生命力つよすぎないか…?

 

顔も普通、スタイルも普通、これといった特技もない女性がここでどう足掻いたとて、物語は即終了だ。そもそも始まりすらしない。なぜならバチェラーの視界にすら入れないのだから…

 

裏を返すと、バチェラーの視界に入るためには、引くてあまたな美女ですらアピールを怠ってはいけないということだ。

 

美人なのに一生懸命な彼女たちを見て、「私こんなに好きな人のために頑張ったことない」「私の生命力はトンボ以下だ」と悲しくなった。

 

もし自分がこの戦場に行ったとしても「私、バチェラーへの愛は誰にも負けないから!!!」と言われた瞬間に「どうぞどうぞ…」とダチョウ倶楽部のごとく秒で譲って戦いから降りるに違いない。

 

バチェラーと結ばれた美女の生命力は鬼

 

バチェラーと結ばれた美女の生命力は鬼

 

最後に残った2人の女性は、「ホワホワしてそうなかわいらしい美女」「凛としたまっすぐな瞳の美女」だった。

 

そして最終的にバチェラーと結ばれた女性は、「凛としたまっすぐな瞳の美女」の方だった。

 

この選択により、すべての仮説が確かなものになった。

 

ホワホワしてそうな美女は「男がいなきゃ生きていけないタイプ」な感じで、生命力がつよそうとはいえなかったけど、凛としたまっすぐな瞳の美女は自立していて生命力の面でも最強としかいいようがないのだ。

 

こうして最強の生命力NO.1美女が決まったのであった。(なんだこの番組、血こそ出ないけどRIZINよりよっぽど凄まじい戦いじゃないか…)

 

バチェラーを見て学んだこと:美女には2段階ある

 

美女には2段階ある。

 

「ただの美女」は生命力の高さゆえ、それだけでも男性から重宝される。

 

しかし、もっと生命力の高さを発揮できて最後に選ばれるのは「賢い美女」だ。

 

自立していて、本当は1人でもなんなく人生をこなせるけど、一歩引いて相手を立てながらついていく(もしくはそのふりができる)人。

 

なんとも悲しい現実だけど、素敵な男性を射止めるにはそうするしかないようだ。(多分“1人じゃ生きてけませんアピール”でも“1人で生きてけますアピール”でもフラれる。どうやらベストバランスを保たなきゃいけないらしい。)

 

この番組にまさか男女の真理をみるとは…