あの頃。ホモソ問題

アトロクのムービーウォッチメンにて、映画「あの頃。」のホモソーシャル(以下ホモソ)問題についてふれていたので、思ったことをメモ程度に残します。
 

 

あの頃。のホモソ問題

 

あの頃。のホモソ問題

 

前回「映画「あの頃。」女ハロオタの鑑賞レビュー」でも書いたとおり、「あの頃。」をウキウキウォッチングしたあとで、アトロクを聴きました。

 

酷評の意見として「ホモソが過剰すぎて観ていられなかった」といった内容のおたよりがありました・・

 

※ホモソについては、「漫画でわかるLGBTQ+ / パレットーク」のnoteがイラストありでわかりやすいです!よければ読んでみてください。

 

その視点は欠けてしまっていたなと思ったので、考えてみます。

 

ホモソの問題点

 

ホモソの問題点

 

そもそも、ホモソの問題とはなんでしょう?

 

私が考えるホモソの最大の問題は「女をモノ(飾り・性の吐口)としてだけ見ている」こと。(ミソジニー=女性蔑視にも通ずる)

 

とんねるずの番組を思い出すとわかりやすいですが、グラビアの女の子にセクハラめいたドッキリを仕掛けて、仕掛け人の男同士でそれをみてゲラゲラ笑う地獄絵図があります。

 

もし女性を一人の人間として尊重していたら(たとえば自分の奥さんや娘が同じことをされるなら)こんな地獄企画は思いつかないのではないでしょうか。

 

このように男性同士で話をするときには、下ネタ(?)は結束感を生みやすい大切なネタなのかもしれません。

 

「う◯ち」で大笑いしていた小学生の感覚がずっと残っているのかも?

 

女性側の問題点

 

女性側の問題点

 

ミソジニーの話になると男性側だけがイタズラにたたかれるのですが、私は女性側にも問題があると思います。

 

ミソジニーと同じように、男性のことをモノ(お金やスペック)としか思っていない人もいるからです。(私も石油王と出会いたかった人生だった)

 

そうなってくると、個人の性格(捉え方)の問題にも思えてきますが・・

 

大前提として、男女の経済格差などが社会問題としてあって、女性が消費されやすい社会のしくみになってしまっています。(今まさにフェミニストの声が政府にも届き始めていますが)

 

例えばキャバクラとかグラビアアイドルを職業選択するのも、男性との需要と供給が一致しているからです。

 

心からやりたくてその職業選択をしている人もいるかもしれないですが、そうするしか生きていくすべがなく働いている女性からすると「性的搾取」ともいえます。

 

だからお金やスペックで男性の価値を判断するのは、女性にとって「自己顕示欲を埋めること」でもあるかもしれないけど、根底は「自己防衛」の手段なのではないかと考えます。

 

男性も生きづらい?

 

男性も生きづらい?

 

女性が男性を使ってうまいこと世渡りするように、ゴリゴリのホモソも彼らなりの世渡り方法なんだと思うし、それを常識としてきた上の世代の教えが引き継がれているだけなのかもしれません。

 

すごく寂しい男女関係ではありますが、残念ながらそうして生きている人は結構多そうですし、この思想は根深そうです。

 

その一方で、なかば強制的なホモソのノリについていけず、悩んでいる男性もいます。

 

もしかすると女性以上に辛い思いをしている人もいるかもしれません。

 

でもホモソに苦しむ男性は熱心なフェミニストのように声をあげることが少なく、公には問題視されていません。

 

男のアイドルオタクはホモソなのか?

 

男のアイドルオタクはホモソなのか?

 

男性アイドルオタクがホモソなのか?について、結論、私は完全にホモソとはいえないと思っています。

 

アイドルオタクにも、いくつかのタイプ(親心でみていたり神格化していたり)があると思うし、見るタイミングによってもいろんな感情が入り乱れていると思うから。

 

ただ、アイドルが「女性」というだけで消費されていると感じることもあります。

 

アイドルが消費されていると感じるとき

 

アイドルが消費されていると感じるとき

 

個人的に、女性アイドルが「ホモソや男性の性的欲求のためだけに消費される存在」だと如実に感じるときは、女性アイドルが「写真集」を発売するときです。

 

女性として消費されていると感じるので、同じ女同士として、親心として、(?)「傷ついてないかな?」「大丈夫かな?」と心配になる瞬間でもあります。

 

ちなみに私の推し・佐藤優樹さんは「お金を積まれても水着になりたくないし、キスシーンも絶対やりたくない」とホモソの塊・さんまさんを相手に公言しています!!!(ありがとう)

 

それでも写真集を出していることはたしかだし、作品としてエロ路線のパフォーマンスをすることがあるので、ホモソのエサになる対象から完全に外れているとはいいきれません。

 

そもそもアイドルはホモソのエサになりやすい職業

 

そもそもアイドルはホモソのエサになりやすい職業

 

そもそも小中学生のうちから「初めてを経験中」「五月雨美女がさ乱れる」みたいな曲をミニスカートをはいて歌っているような入り口なんだから、グラビア写真集の発売は自然なことだとも思います。

 

それに、男性が本能的にグラビア雑誌を魅力的に感じるのも自然なことだと思います。ちょっと違うかもしれないけど私も女性アイドルの脚を見るのが好きだし、脚フェチの人の気持ちもなんとなくわかります。

 

それでいうと女性も、ジャニーズとか韓国とかの男性アイドルを性的な対象として捉えていることもあると思うし、(セクシーゾーンとか名前からしてセクシー売り)入り口は同じな気がします。

 

偶像だから想像が掻き立てられるし、それで商売をしているのだから「アイドルも理解しているだろう」というのがオタクの主張でしょう。

 

一番の問題は未成熟なアイドルへの暴力性

一番の問題はアイドルが未成熟なこと
ホモソが存在していることも仕方ないし、アイドルが女性として搾取されることも仕方ない。

 

では何が問題なのでしょうか?

 

私が思うホモソがアイドルをエサにする一番の問題は、人間としてまだまだ成熟していない無防備なアイドルを成人男性が自己満足のために使っている暴力性だと思います。

 

これは女性・男性に限らず、アイドルに対して個人的な欲求をぶつけるすべてのオタクにいえることだと思います。(もちろん私も含め)

 

自分の少女時代を思い出してみると、気持ち悪い大人が近づいてきても基本的には人間を信じてるから、無自覚に受け止めてしまいます。

 

なんの疑いもなく、近づいてくる大人のやましさとか本心に気づくこともなく。

 

以前はハロプロのアイドルの少女性につけこんだ気持ち悪い大人が近づかないように、つんくさんが守ってくれている感じがあったりなかったりしたけど、すべてのアイドルが守られているわけじゃありません。

 

直接的じゃなくても、ネットで誰でも掲示板に書き込みしたり閲覧できるから、アイドルが実際に薄気味悪い書き込みを目にしてしまうかもしれません。

 

もし狼(ハロプロの掲示板)とかみたら、ひどく心が傷つくと思います。(狼はホモソの巣窟みたいな掲示板)

 

実態が見えないから理想が高まりやすい

 

実態が見えないから理想が高まりやすい

 

しかもアイドルは、ほとんど実態が見えないので、見えないところをオタクが想像で補填して作品をつくりあげているところがあります。

 

なので理想も高くなるし、現実との乖離も出てくるし、いきすぎた妄想を生み出しやすいです。

 

初音ミクならいいのだけど、ハロプロのアイドルは実在するので、容姿のこととか家族のこととかあれこれ想像することは暴力性も秘めています。

 

私を含むオタクは、アイドルに対する「こうであってほしい!」という理想とうまく付き合っていかなければいけません。

 

あの頃。のホモソ問題に戻る

 

あの頃。のホモソ問題に戻る

 

あの頃。のホモソ問題に戻ります。

 

これらをふまえて考えると、あの頃。のあべの支部のオタクは、完全なるホモソとはいえないような気がしました。

 
最初、コズミンが劔さんに対して当たりが強くて縄張りいしき(?)を持っていたのは、ちょっとめんどくさそうな感じがしたけど・・
 

だけどハロプロに関してはアイドルが神格化している部分が大きくて、(もちろん女性としての魅力も感じていたとは思うけど)あべの支部は「神を崇める結社会」みたいな感じだったから(?)嫌な気持ちにならずに観ることができました。

 

「女性だから好き」というよりも「ハロプロのアイドルだから好き」という推し方だから、共感が上回ったんだと思います。

 
アイドルを「モノとして扱う」という感じではなく、リスペクトや愛情を持って見守っている感じがした。
 

なので、アトロクの批評であった「ホモソがキツくて観ていられなかった」という感覚は、やっぱり私にはわからずじまいでした。

 

なんなら私は、批評した方がいうところの「ホモソ」のことを「男同士の友情」だと思ってみてしまっており、羨ましいと思う感情まで芽生えていました。

 
男同士の友情がなんなのかは謎ですが。
 

この問題って、ムズイですね。

 

線引きがハッキリしていないし、当事者にしかわからないし。

 

もっといろんな人の考えを聞いてみたい!