【読書】「ここは退屈迎えにきて」上京組の田舎者に沁みる本

先日、読んだ本「ここは退屈迎えにきて」について、読書感想文を残します。内容が気になっている方や、読み終わって他人のレビューを覗き見たい方は、ぜひチェックしてみてください!
 

 

「ここは退屈迎えにきて」読了!

 

「ここは退屈迎えにきて」読了!

 

「また天才がいたよ、」本を閉じたときの第一声はコレでした。

 

「ここは退屈迎えにきて」って、まずタイトルからしてずるい。

 

 

表紙絵もオシャレできゅんとする。

 

筆者は、代表作に映画化もされた「アズミ・ハルコは行方不明」などがある山内マリコさん。

 

実は「ここは退屈迎えにきて」も、映画化されているみたいです。(アマプラでたまたま見つけました)

 

 

これまで女性作家はミステリーばっかり選んできて、オシャレな短編小説は食わず嫌いしていたのですが、こんなに面白いとは・・!

 

こういう余白を楽しむタイプの小説を面白いと思えるなんて、自分のことを「ピーターパンおばさん」だと思っていたけど、私も少しは大人になったのでしょうか。

 

「ここは退屈迎えにきて」は、都会に憧れる田舎者のハナシ

 

「ここは退屈迎えにきて」は、都会に憧れる田舎者のハナシ

 

とある田舎町を舞台に、都会とか虚像の世界とかに憧れながらも、日々をくすぶる女性たちの物語がいくつか入った短編集です。

 

1話が短いのでさくさく読めます。

 

それぞれの章ごとに物語は完結しているけど、“椎名”という昔から地元で人気のある男子が全編に登場します。

 

学生時代の“椎名”は、ちょい悪でオシャレでスポーツもできる、地元ではちょっと有名な青年。

 

大人になってからも一度は大阪で暮らしたものの、地元に戻って教習所で働き、田舎町にすっかり溶けこんで暮らしています。

 

椎名”は自然体のまま田舎になじむことのメタファーとなっていて、ことあるごとに「こじらせ女性」の心をかき乱します。

 

「ここは退屈迎えにきて」の読書感想

 

「ここは退屈迎えにきて」の読書感想

 

たっくさん思うところがあったので、本の感想を残します。

 

それと共に、田舎から上京した自分の考えも残したいと思います。

 

男性にはわからないかも?感覚的な表現が絶妙

 

読んで一番びっくりしたのは、「ワタシの心、のぞいたんか?」ってくらい、心情をこまかく捉える絶妙な表現があるところ。

 

妄想・優越感”とか“焦り・不安・嫌悪感”とかが、入り乱れてバババーっとたたみかけるように羅列されているところも含めて女っぽい

 

男性にはもしかしたら理解できないかもしれないし、読むと引いちゃうかもしれないけど。

 

飾らないありのままの女っぽさを久々に目の当たりにして、「こういうのが見たかったんだ!」となぜかワクワクしました。

 

田舎は運転免許ないヤツに人権なし

 

田舎は運転免許ないヤツに人権なし

 

なかでも、一章で登場するアラサー女のハナシにとても共感できました。

 

東京で数年暮らして地元に戻ったとき、久しぶりに地元の知人(そこまで親しくない)と話して価値観の違いに違和感を抱いたり。

 

上京後、地元に出戻りした同じような境遇の会社の上司と、車の中で“はみだし者トーク”をして寂しくなったり。

 

うんうんうんうん、わかる。わかりみが深い。

 

車がないと移動できない感じとかも含めてわかる。

 

運転免許ないヤツは人権ない」みたいな空気感も含めてわかる。

 

田舎コンプレックスがあるから都会にいく

 

田舎コンプレックスがあるから都会にいく

 

私もこの本のヒロインと同様、コンビニまで車で10分、スーパーまで車で40分という超ド級の田舎町からの上京組なので、似た境遇にあると思います。

 

生粋の江戸っ子と話すときに「東京のルールに従うのって大変だよね?」「北海道いいなあ、憧れるなあ」と言われることもあったけど、その度に「いや、田舎の居づらさ、なかなかだよ??やってみ???」と思っていました。

 

田舎にいたときは毎日、羽を折られた鳥のような気分でした。

 

親戚の集まりも嫌いすぎて爆発すればいいのにと思っていたし、地元のスーパーですぐ友達のお母さんとかに会うのも本当に苦痛でした。

 

だけど私以外の人間はだいたい、親戚の集まりでも堂々と発言して肉を焼いたりお酒を注いでまわったりしてたし、地元のスーパーで会うおばさんたちに笑顔で挨拶していたから、いよいよ“私の方が社会不適合者”だということから目を背けられなくなりました。

 

田舎に住んでうまいことやっていけるような人は「社会適合の塊」みたいな人。

 

目の前の現実から逃げない人。

 

そんな固定観念が根付いていくにつれて、地元でうまいことやっている人に対してなのか、なじめない自分自身になのか、その両方なのかわからないけど、次第にコンプレックスを抱くようになった気がします。

 

地元をでるとき「地元を捨てるんか!」と言われたことがあったけど、とんでもない。

 

どちらかというと私の方が、地元に捨てられたんです(!!!)

 

「ここは退屈迎えにきて」は、居場所を考える本

 

「ここは退屈迎えにきて」は、居場所を考える本

 

そこで、自分の居場所について考えました。

 

好きで住んでいたわけじゃないけど、たしかに多くの時間を過ごして自分の人格を形成した廃れた田舎町が、自分のリアルだし、変えられない事実です。

 

だけど「居心地わるい〜〜〜あぁ〜〜〜」と心が叫んでいたことも事実で、リアルです。

 

だから、安心感を求めて都会に住むことを選んだんだと思います。

 

「透明になりたい」という感覚です。

 

詩的な言い回しでとんでもなく恥ずかしいけど、この言い回しは結構しっくりきます。

 

悪く言えば、「コミュ障爆発、知らない人しかいない場所でゼロになりたいおばさん」です。

 

ずっと反抗期みたいな人間なので、年齢は関係ないかもしれないけど、若さもあったのかもしれません。

 

東京に住んでみて、「ココだ、ココこそが自分の居場所だ!」と理想と現実が完全に一致したわけではないけど、少なくとも田舎でぽっきり折れていた羽は治りつつあると感じます。

 

それは、自分に近い考えをもつ人とか、自分が見たいモノにアクセスしやすくなったからだと思います。

 

私らしくいられる人やモノに出会うたび、「ココにいたんだね」と愛おしく思います。

 

「ここは退屈迎えにきて」は読後、とても他人事とは思えなくてズーンと重いものが胸に残ったけど、くすりと笑えるところもあって、カラッとした爽快感もありました。

 

自分にフィットする一冊に出会えると、うれしいですね!

 

山内マリコさんの本をもう少し読んでみたくなりました。