映画「ハッピー・オールド・イヤー」感想|これは私の物語。

2020年12月11日から公開されているタイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』を観てきましたので、あらすじ・感想・レビューを記します。

 

主人公の女の子の考え方がほとんど私だったことから、チクチク痛いところが多い映画でした。コンプレックスのことを考えるのは怖いけど、じっくりじっくり考察します・・!
 

 

2020年12月公開タイ映画『ハッピー・オールド・イヤー』

 

タイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の製作スタジオと、主演女優・チュティモンチュンチャロエンスカイング(愛称Aokbab)さんが再タッグを組んだ断捨離ムービー。

 

前作の『バッド・ジーニアス』が自分に刺さりすぎて、公開をずっと楽しみにしていました!

 

あらすじ

 

 

主人公のジーン(アラサー女)は、家族と住む自宅をミニマルなオフィスにリフォームするべく、断捨離を決意。

 

借りていたモノを返したり、売りに出したりしていくうちに、自分の考え方の危うさや過去にしてしまったことへの愚かさに気づき、心が乱れはじめる。

 

映画『ハッピー・オールド・イヤー』は監督が天才

 

ハッピーオールドイヤー

 

『ハッピー・オールド・イヤー』は、監督・ナワポン・タムロンラタナリットさんの7作目の長編映画。(36歳という若さ!!!)

 

間違いなくタイ映画に新風を巻き起こした監督だとおもいます!

 

是枝裕和監督などの日本映画に影響を受けてきたそう。

 

人間の繊細な感情を、ユーモアをまじえながらも感傷的に描く天才です。

 

配役のセンスもバツグン!

 

タイを観光している気分になる、現地ムード満載の演出も好き!

 

映画『ハッピー・オールド・イヤー』の共感ポイント

 

チクチク刺さった共感ポイントを洗い出してみます。

 

① ミニマルな生活がしたい

 

こんまり先生(映画ではミニマリズムのアンチテーゼとして登場w)とか佐々木典士さんとか、ミニマルなくらしをしているひとに憧れる人は多いのではないでしょうか。

 

ミニマリズム=禅につながっていて、モノを手放すことで思考の整理にもなるし、心のおだやかさを取り戻すことにもつながります。

 

ときめくモノ、必ず使う“お役目”のあるモノだけを周りに置いておくことで、心迷うことなく効率的に過ごせて、心に余白ができるからです。

 

ゴミ袋をもつ女性のイラスト

 

過去の私はというと、タンスにしまいきれないほどの服を持っているのに「着る服がない・・」と言って、通販で爆買いするような人間でした。

 

ただ「ムダ」が多いことをストレスに感じて、自己嫌悪に陥ることもたびたびあって。

 

初めてミニマリストの考え方にふれたとき、「私が求めていたのはこれだ!」とすぐにピンときました。

 

ごちゃごちゃした部屋を片付けることで胸のつっかえがスッととれたし、すぐに怒ったりもしなくなりました。

 

モノを減らしただけなのになぜか感情のコントロールをしやすくなって、生きやすくなったんですよね。

 

めんどくさがる女性のイラスト

 

主人公のジーンも、「感情ってめんどくさいね」などと言いながら淡々とモノをゴミ箱に入れていきますが、この感覚とても共感できました。

 

「真っ黒いゴミ袋はブラックホールのようになんでものみこんでくれる」

 

このセリフ、首とれるんじゃないかってくらい、うなずけます。

 

ゴチャゴチャ積み上がったモノが、すべて透明になるような快感です。

 

はたから見ると「なんて薄情なの!」っておぞましい人間に映るかもしれないけど、そうしないと感情爆発しすぎて生きにくい。

 

身軽で気楽で自分らしく生きるために残すモノを選択する人がいるのは、自然なことだと思います。

 

② 人間はモノに思い入れが入りすぎる

 

「まだ使えるかもしれないから」「思い出がいっぱい詰まってるから」とか、なにかといいわけをつけてモノを取っておくことは、誰しもよくあることです。

 

たかがモノ・されどモノで、断捨離=生活やその人自身までもが全否定されることのように考える人もいるでしょう。

 

部屋がごちゃごちゃしているとイライラするけど、いざ捨てるとなると、購入したときの感情とかプレゼントしてくれた人の表情・思い出とかがふわっと香ってくる。

 

プレゼントを抱える女性

 

「手元に取っておいた方がいいのかもしれない」「これは私のアイデンティティ」・・一度そう思い始めると、モノを手放す意味がとたんにわからなくなります。

 

モノは愛おしいから厄介です。

 

③ モノを捨てるも残すもエゴ

 

ジーンの両親は離婚していて、離れて住むお父さんとの過去の思い出の品を手放すことで「決別したい」と思っています。

 

ジーンも、お母さんも、お兄さんも、前に進もうとする。

 

ただ、それぞれ方法は違っていて、ジーンは「捨てること」母は「取っておくこと」お兄さんは「放っておくこと」で、過去や思い出の品と対峙しようとします。

 

思い出の詰まった写真のイラスト

 

モノを捨てようとするジーンに対してヒステリックに怒鳴り散らすお母さんをみて、「なんで年寄りって変化を恐れるんだろう・・これからは私たちの時代なのに」というジーンの言葉も、共感しかない。(政治とかで古い風潮がいつまでも残っていて、もどかしいのもそう!)

 

でも、お母さんからすると、変わることが怖いんじゃなくて、変わらないことがしあわせなのかもしれない。

 

変わらないまま、過去と一緒に静かに生きていくと決めていたのかも。

 

頑固な女性のイラスト

 

私はどうだろう?

 

思い出の品とかアイデンティティを表現するモノが部屋になくても、美術館にいけばアートは見れるし、音楽を聴けばあのときの思い出は蘇ってくる。

 

アイデンティティすら必要としていないのかもしれない。自分は特別な存在じゃないし、自分を証明するモノなどあってもなくてもいいというか・・

 

あと思い入れのあるモノが手元にあると、かえって視野を狭くするし、過去の呪いに縛られているようで居心地が悪い。

 

だから「はいこれプレゼント。別にいらなかったら捨てていいからね」・・こんなことも、謙遜とかじゃなくて普通に言えてしまう。

 

もらった方が「 ??? 」とか「 (´;Д;`) 」とかになることも想像できずに。

 

花のイラスト

 

私は、人それぞれ、モノとの付き合いかたがあることを理解しようとしてこなかったかもしれません。

 

付き合っていた人、友達からもらった手紙、家族とのめんどうなやりとり・・

 

自分がスッキリしたいから、自分が納得して前に進みたいから、どんどん手放してきました。

 

それで人間関係が崩れても、正直あまり気になりませんでした。

 

むしろ、その人が私と離れてほかの誰かと楽しく生きる道を歩んでいるのを見ると、なぜかホッとする。

 

スマホをもつイラスト

 

自分は「薄情で自己中心的な人」と思われても仕方ない方法を選んでいるから、離れる人がいるのは自然なことだと思ったし、そうやってしか生きられない人間なんだと開き直っているところもありました。

 

だがしかし、結局全部自分のエゴなんですよね・・

 

私は離れたことでスッキリしているけど、離れた相手は私に対してずっとモヤモヤしたまま生きていかないといけないかもしれない。

 

私の利己主義ともいえる行動で、これまで何人を傷つけてきたのかわからないです。

 

ジーンみたいに素直に「ごめん」って言えたらいいけど、もうどれが誰をどんな風に傷つけていたのかがわからない・・

 

女三人のイラスト

 

それと同じく、かたくなにモノを取っておこうとするのもまたエゴなのかも。

 

「手放して変わりたい」って気持ちがある人に対して、「変化をゆるさない」姿勢だから。

 

モノとの付き合い方は人それぞれ。

 

当然のことだけど自分軸で考えすぎていたことに気づかされました。

 

④ モノ=ゴミ?宝物?

 

ジーンは、自分で捨てた大量のビニール袋を「やっぱり返して!」と、ごみ収集のおじさんから取り返します。

 

自分のモノはもちろん、借りていたモノも一度はゴミだと思って捨てたけど、やっぱり元の持ち主のところに返そうと思いたったから。

 

モノは“ゴミ”にも“宝物”にもなりうるけど、その判断はモノと向き合った本人の感情次第でしかないんですよね。

 

切手のイラスト

 

私は「消費社会ももう限界きてるし、みんなもさっさとモノを捨てて自由になったら?」と思っています。

 

ゴミ問題が深刻化して環境破壊が止まらないけど、それでもモノを売らなきゃいけないし買わなきゃいけない。

 

あふれんばかりのモノがノイズになり、感情や思考はすぐにゴチャゴチャになります。

 

社会問題に目が向かなくて自分ごとにできないのも、自分が勝手に決めたタスク(仕事だったりデートだったり)がノイズになっていて、視野が狭いからだと思います。

 

カレンダーのイラスト

 

物理的に余白をもつ(断捨離したり休暇をとったりする)ことで、気づくことは多いです。

 

「モノがなくても豊かだな」「ノイズがないといろんなことがクリアに見えてくるな」とすぐに気づくと思います。

 

ただ、「見えすぎる」のをネガティブな変化と捉える人もいるかもしれません。

 

目が悪くなってきてボヤ〜とした世界に生きていたのに、メガネをつくってクリアな世界で生きるハメになった経験があるのでわかります・・

 

面接官の鋭い視線とかイケメンの毛穴とか、見えなかった方がしあわせなことってあるから(笑)

 

映画『ハッピー・オールド・イヤー』が教えてくれたこと

 

映画『ハッピー・オールド・イヤー』が教えてくれたこと

 

『ハッピー・オールド・イヤー』は、自分が常日頃から考えている(考えたいと思っている)ことをそのまま表現していて、気づきの多い映画でした。

 

断捨離から発展して、恋愛・友情・家族とかいろいろな人間ドラマが入りみだれ、モノと人間の生活がいかに直結しているかが身にしみてわかりました。

 

片方の面からしか物事を捉えられない人は貧しいと思っていたけど、まさに自分が“超絶一方的人間”だったことをまざまざと突きつけられて苦しかった・・

 

いやなんとなく気づいていたのかもしれない。

 

けど見たくないからもう見えないように、捨ててきたのかもしれない。

 

全部つながっているんだなあ・・

 

モノを買うとき、手放すとき、誰かとのお別れのとき、今まで以上にちゃんと向き合うようにしていきたい。