ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」はなぜ怖い? | 山田五郎Youtubeまとめ

山田五郎さんがYoutubeの番組「山田五郎 オトナの教養講座」をはじめました(祝!!!)名画の裏話について楽しく学べるだけでなく、アシスタントの和田さんと五郎さんのかけあいも可愛くてすっかりハマっています。(絵画好きの人はとりあえず全員見て)

 

今回は、「レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』はなぜ怖いのか?」の回をまとめていきます!
 
 


 
 

ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』はなぜ怖い? by 山田五郎

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナ・リザ』は、さまざまな憶測がささやかれていて、ミステリー映画にもなっています。

 

「モデルは誰なの?」

「表情がコロコロ変わって見えてコワい…」

 

…このように謎めいたところの多い絵画です。

 

なぜ怖く映るのか、山田五郎さんのわかりやすい解説を見ていきましょう!

 

ダ・ヴィンチは画家として成功していない画家

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

まずは、ダ・ヴィンチがどのような画家だったのかを知らなければ『モナ・リザ』は語れません。

 

ダ・ヴィンチはルネッサンス(※)を代表する芸術家。

 

(※)14世紀のイタリアを中心におきた古代ギリシャ・ローマの復興を目指す運動のこと。

 

ダ・ヴィンチの作品は油絵14〜15点程度と、67歳まで生きた画家としては異常な少なさなのだとか。(11点と言う人もいるらしい)

 

なぜこんなに少なかったかというと、注文されないから。

 

・注文と違うことをする

・納期を守らない

・完璧主義

 

こんな性格だからローマ教皇にも依頼をされず、画家として「成功した」とはとてもいえません。

 

職業・画家としてはダメダメだけど、妥協をゆるさないし形にできる点でアーティストとしては完璧なのが、ダ・ヴィンチという人間なのです。

 

『モナ・リザ』も、ダ・ヴィンチの中の“正解”を求めたがゆえになかなか完成せず、持ち歩いたままフランスで生涯を過ごしたから、「ルーブル美術館」に所蔵されているのだとか。(サイズも大きくないので持ち歩いて描くのに適していたらしい)

 

ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』は、なぜ怖いのか?

 

ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』は、なぜ怖いのか?

 

それでは本題の「モナ・リザはなぜ怖いのか?」について、山田五郎さんの見解を見ていきましょう。

 

五郎さんいわく、『モナ・リザ』の表情がコロコロ変わって見えるのには、大きく2つの理由があります。

 

① 誰でもあるし誰でもない

 

モデルが無個性で普遍的な人物像だから、見る人の個性が反映されて、見る人によって表情が変わっているように見えるのだそう。

 

この絵自体は1503年に肖像画として注文されていて、ちゃんとモデルがいます。

 

モデルはイタリア・フィレンツェの裕福な商人の奥様「リザ・デル・ジョコンド」という方。

 

だけどダ・ヴィンチは本来のモデルではなく自分が理想とする人物像に寄せるため、何度も描き直しをしました。

 

ダ・ヴィンチ自身に似ているという見方もあります。

 

② 塗り重ねる技法「スフマート」の質感

 

次に、ダ・ヴィンチが生み出した特殊な技法によってこの世のものではない人物を描いているように見えるから怖く感じるのだそう。

 

西洋絵画特有の陰影・立体表現を追求するために、「油絵」の技法が生まれました。

 

『モナ・リザ』は、なめらかで境目の輪郭がわからない技法「スフマート(煙のようなグラデーション)」を使って、立体的な人物像を実現しています。薄く何度も色を塗り重ねてグラデーションをつくることで、陰影をつけて凹凸感を出す技法です。

 

『モナ・リザ』の怖さこそ、ダ・ヴィンチの正解

 

『モナ・リザ』の怖さこそ、ダ・ヴィンチの正解

 

最後に、この動画を観てみて私の個人的な感想です。

 

仕事をしていくうえで、真のアーティストになることはかなり難しいことだと思っています。

 

仕事にするということは「お客さんがいる」ということで、お客さんがいるということは「求められているものを提供する」ということ。

 

ダ・ヴィンチのように、他人には求められていないけど「自分が求める完璧」を追求する人こそ真のアーティストで、大体の人はその境地にいけません。その境地にいく勇気がないのです。単純にルールからはみ出るのは怖いし、自分を見つめ続けるのは苦しい作業だと思います。
 
私が『モナ・リザ』を怖い(怖いというか、ゾクゾクする)と思う理由は、そのことばかり考えて生きている人間の“執念”のせいです。
 

私は本物の『モナ・リザ』を見たことがないし、天才の思考はよくわからないけど、それでも作品からこだわりを通りこした“執念”のようなものが見える気がします。

 

絵だけにとどまらないダ・ヴィンチの人間性が透けて見えてくるからこそ、この絵は時代を超えてもなお一番美しくて一番不気味な存在感を放ち続けているのではないでしょうか…